Chapter.9 すべては本人の覚悟

佐久間は思った。
「ようやく、言ってきたか」と。

佐久間は水島の8年間を見てきた。
ドライカットの練習を見てきたし、ウイッグと格闘する姿も見てきた。
「彼女はおっかなびっくりだし、度胸なし。でも誠実なんです」
だから、自ら言ってきた以上、やるだろう。
そこは信頼していた。

佐久間は考えていた。
すべては覚悟なんだ、と。

美容師として、あたらしい技術に挑むとき、
すべての責任を自分で負うという覚悟。
それが確立しない限り、中途半端に終わる。
自らがヴィダル・サスーンの技術に取り組んだときもそうだった。
まず、この南相馬で男が美容師をやっているという壁。
しかもカット料金が周囲より格段に高いという壁。
だけど佐久間は乗り切った。
練習に練習を重ね、さらに自分流の味付けを施して覚悟を決めたのだ。
確信を持って、堂々と宣言したのだ。
カット料金は周囲の倍。
さらに切って切って切りまくって、泣き出すお客にも言うのだ。
「これがあなたの(オレの)スタイルなんだ」と。

水島も自分で決めたのだ。
ここは信頼しようじゃないか。

水島はハガキを書き始めた。
お客さまに対して一枚一枚、こころを込めて書いた。

私は長い間、ドライカットというあたらしい技術を勉強してきました。
これはとってもいいものですし、手入れもラクになります。
お客さまに気に入っていただけると信じています。

8400円である。
カット料金は8400円〜9450円(ロング)。
それまでの水島のカットは、5250円。

水島は堂々と、その金額「8400円」を書き入れた。

そこに、ドライカットのすごさはある。
500円、1000円のアップではないのだ。
一気に3000円。6割アップ。
だからこその覚悟。だからこその自信。
そこが確立していないと、堂々とは言えないのだ。

水島ゆかりは、言い切った。
問題はお客さまの反応だった。

 

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