Chapter.10 女には負けねぇ

賛否両論。
それが当初の反応である。
「前のカットとたいして変わらないんじゃない」
そう言うお客さまもいた。
すると水島はこころの中で叫ぶのだ。
(絶対、もう一度やらせてみせるゾ)

一方で好意的な評価もあった。
「手入れがしやすいわ」
「前も別に悪くはなかったけど、やっぱり違うわよね」

その場で、感想を口にする人もいた。
だが本当のよさは、お客さまが家に帰ってからわかるのだ。

あの1980年代。
ソバージュ全盛のころ。
水島は「再現性なんかまったくないのに」と思いながらカットしていた。
だけど今は逆だ。
「絶対に手入れがラクになりますからね」と思いながら、カットする。
すると実際に再来したお客さまが「やっぱり違うわね」と喜ぶ。
そこで確信がさらに補強される。
そんな日々がつづくうちに、ある想いが水島の心のなかに湧き上がるのだ。
「なんで早くやんなかったんだろう」
「私の8年間を、返して」

福島県南相馬市の美容室『ベレッツァ』で、革命が起こり始めていた。
カット料金8400円のトップスタイリストに、
お客さまが殺到し始めるのである。
そうなると、社長の佐久間はおもしろくない。
なぜなら佐久間のカット料金は依然として5500円なのだ。
「そりゃイヤですよ。だってウチの社員ですよ。しかも女性ですよ」
そう言って佐久間は笑う。
佐久間が美容師をめざしたころ、
美容学校にはほとんど男子がいなかった。
周囲は女性ばかりの中、
佐久間の原動力となったのはただひとつ。
「女には負けねぇ」

ドライカットか。
ちょっとオレもやってみっかな。

仙台で行われたセミナーに、佐久間は水島と一緒に行ってみた。
それはドライカットのベーシックの講座だった。
「なんなんだ、これ」
それが佐久間の第一印象である。
「えらくむずかしいわけですよ。まったく思うようにならない」
あぁ、これじゃ水島が苦労するわけだ。
そう思った。

佐久間がぶつかった壁。
それはやわらかさ、である。
スタイルをつくることは長い経験があるため、なんとかなる。
だけどあのやわらかさは、どうやって出すんだ。

講師がつくるスタイルを見たときから
「やわらかいなぁ」という感覚はあった。
しかし、真の衝撃はモデルの髪を触った瞬間に訪れた。


なんじゃ、これは。
初めての感触だった。
長い間、数え切れないほど髪に触れてきた。
その指の感触とはまったく違う。
もう次元が違うと言ってもいいほどのスムースさ、やわらかさなのだ。

もうひとつ。
佐久間の心を動かした出来事があった。
それは個性。
講師たちがつくるヘアスタイルは、基本的には似ていた。
だけど、それぞれのモデルの髪を触ったときに感じたのだ。
あっ、違う。
講師ごとに、髪の感触が違うのだ。
特徴がある。
その事実に触れたとき、佐久間の心に火がついた。

やってみたい。

つまり、ドライカットはひとつではない。
それぞれが自分のやり方を開拓できる。
全員がEIJIさんにならなくていいんだ。
だったらおもしろいじゃないか。

ヴィダル・サスーンの技術さえ、佐久間流に変えた男である。
ドライカットだって佐久間流をつくる。
だからこそやってみる価値がある。

あらたなチャレンジが始まった。
いまから7年前。
佐久間敏夫。当時、58歳。

しかし、佐久間もまた大きな壁にぶつかるのであった。

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