Chapter.8 出来ない理由を探していた

水島は8年もの年月をかけて、手段を目的化してしまっていた。
つまり、ドライカットを完成させることが目的となっていたのだ。
もとよりドライカットはひとつの技術に過ぎない。
ドライカットという技術を用いて、お客さまのヘアスタイルをつくる。
あるいは髪の悩みを解消する。
それが目的だった。
だけど、8年もウイッグに向き合っているうちに、
その目的が雲散霧消していき、
代わりに「技術の完成」が目的となっていったのだった。

うまくなりたい。
その一言である。
ただただ、うまくなりたい。
そこに陥ってしまう美容師はたくさんいる。
いや、美容師だけではない。
どんな職業にも「手段の目的化」という例はある。
その仕事に真面目に、誠実に取り組む人ほど陥りやすい罠なのだ。
水島ゆかりは、誠実な人だった。
だけど一方で、臆病でもあった。

「やろう、やりたいではなく、できない、と」
「できないから、やらない。そういう発想だった」
水島はいま、振り返る。
「絶対にいいものだし、絶対にやりたい。けど、まだ自分にはできない」
水島は一所懸命「できない理由」を探していた。
「結局は、本気でやりたいとは思っていなかったのかもしれない」
「だって、やりたいというところから発想すれば、やる方法を考えるじゃないですか。

でもそうはしなかった」

8年、である。
何度も言うが、8年。
30歳から38歳までの、8年。
「こわいんですよ。自分で自分に許可が出せない」
でも、いつかはお客さまに提供するのだ。
そのためにやってきたのではないのか。

周りの人たちは、着実にうまくなっていた。
同じころからセミナーに参加していた人たちは、
とっくの昔からお客さまに入り、結果を出していた。
やるか、やらないのか。
決めるのは自分だ。

ある日、水島は決断した。
社長に直談判である。
「ドライカットをしたいんですけど」
「お店で、お客さんにやりたいんです」
佐久間は言った。
「いいよ」
即答だった。

 

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