Chapter.4 山根さん、ですか?



セミナーに通った。
3回コースで、ドライカットを習う。 理屈はすごくわかりやすかった。


髪をつまんで点で切る。頭の丸みに沿って、点で切っていく。
「あ、だからおさまるんだ」
水島は初めてその原理を聞いたとき、思わず声に出してつぶやいていた。
あぁ、もしかしたら納得できるカットが見つかるのかもしれない。
そんな予感が湧きだしていた。

サスーンは線で切る。
毛束を指で挟み出し、ハサミを横にしてまっすぐに切る。
いわゆるブラントカットだ。
指から離すと、毛束は戻る。
戻ったときには頭の丸みに沿って、ほんの少しだがズレが生じる。
点で切るということは、そのズレをなくしていくこと。
頭の丸み、骨格に沿って点で切っていく。
その点をつないでいく。
それはブラントカットを学んできた者にとっては
気の遠くなるような仕事である。
でも、と水島は直観したのだ。
「そこにこそ納得があるのかもしれない」

そう思った瞬間、水島は行動を開始していた。
佐久間にお願いして休みをもらい、ニューヨークへ行くのだ。
アリミノのニューヨーク研修旅行。
そのとき、水島はジョン・サハグの予約を取ろうと思った。
サロンに電話をして日程を告げる。
だが、ジョンの予約はすでに埋まっていた。

仕方なく水島は、ニューヨークで活躍する他の美容師にカットしてもらった。
日本人だった。
ドライカットではなかったが、できあがったヘアスタイルは悪くなかった。
むしろカッコよかった。
しかし、水島を納得させるカットではなかった。

帰りの飛行機。
水島の頭の中は、やはりドライカットが占領していた。
通路側に座っていた水島は、
その通路をはさんだ反対側の席に日本人の男性が座っているのに気づいた。
髪はかなり長く、細かいウエーブがかかっている。
ロックミュージシャンかな。
ビジネスマンには、とても見えなかった。
すると一緒に研修旅行に参加していた美容師さんが水島に囁いた。
「ねぇ、あのとなりの人、さっきから展開図描いてるけど、だれ?」
「えっ」
水島は思わずそのミュージシャン風の男を見た。
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「展開図? 美容師なの?」
背を伸ばしてミュージシャン風の手元を見た。
「ホントだ。展開図だ」
水島は、声をかけた。
「あの、山根さんですか?」
山根英治の名前は知っていた。
ジョン・サハグのところにいる日本人美容師。
聞いていた風貌と、となりのミュージシャンが重なったのだ。
「えっ」
その男は驚いた顔を向けた。
「美容師さんなの?」

 

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