佐久間敏夫

Chapter.2 南相馬の「ヒゲ」

自分の髪に、コンプレックスがあった。
重くて硬くて多くて黒い。
しかもバサバサ。さらには跳ねるクセがあり、 ロングにすると、まとまらないのだ。

 

美容師になろう。 そう思ったのは高校3年のとき。
進学校に在籍していた水島ゆかりは美大に行きたいと思っていた。
だが、家庭の事情がそれを許さない。
ならば美容師。
水島は泣く泣く、美容学校に通い始めた。
ところがその美容学校で、水島の目標が確定する。
周囲の同級生たちの姿や行動を見るにつけ、思うようになったのだ。
「美容師の社会的地位を上げたい」

 

『ベレッツァ』の経営者は佐久間敏夫。
長い経験を積み上げてきたベテラン美容師である。
レザーカットに始まり、 ピンカールを極めてアップスタイルを鍛え、
ブライダルヘアや着つけすらマスターしていた。
ヴィダル・サスーンの技術が上陸すると、 真っ先に取り組んで自らの武器にした。


しかし佐久間の場合、 ただ素直にあたらしい技術を取り込むだけでは満足しない。
新技術に、佐久間流の味付けを加える。
つまり佐久間流サスーンカットをつくりあげるのである。

サロンをオープンしたのは1976年。
南相馬に男性美容師がほとんどいない時期に、
『ヒゲ』という名の美容室をつくった。 福島の言葉で女性たちは噂し合った。


「おどご(男)なんだってよ」
「おどご、切んだってよ」

 

『ヒゲ』。


一度聞いたら二度と忘れない屋号。
だれもがクスっと笑ってしまうような、ヘンな名前。
だけどそれでお客さまをつかめるのなら……。
佐久間はそう考えるのであった。
外装は真っ黒の壁に真っ赤な血の色のドア、窓枠。
とても美容室には見えなかった。
あるとき、駐車場に大型トラックが走り込んできた。
「こご、何喰えんだ」
「なに? ラーメン屋じゃねぇのかぁ」

それでも女性たちはやってきた。
特に若い女性が多かった。
佐久間は、その女性たちの髪を切った。 切って、切って、切りまくった。
佐久間敏夫、当時30歳。
切りすぎて、なかには泣き出すお客さまもいた。
それでも佐久間は堂々としていた。
「いいんだ。あんたにはこれが一番いいんだ!」
サロンで泣いたお客さまが、 しばらくすると戻ってきた。

あのときはびっくりしたけど、
友だちがみんな「いい」と言ってくれて……。

当然、どこで切ったの、と友だちは聞く。
するとそのコは答えるのだ。
「ヒゲ」と。
「えーっ、なにそれーっ」

 

それでまた、新たなお客さまがやってくるのだ。

 

 

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