Chapter.13 美容師の社会的地位

最初の3日間は、時間があった。
スーパーもコンビニも開いていないため、
サロンにガスコンロを持ち込み、煮炊きをして食事をとった。
ところが、4日目からは状況が一変。
煮炊きどころか食事をとるヒマがないほど、お客さんがやってくるのだ。

街の人口は、確実に減っていた。
『ベレッツァ』は福島第一原子力発電所から約25km。
20km以内という「警戒区域」からは外れていたものの、
自主的に避難していく人が後を絶たなかった。
それでも、『ベレッツァ』にはお客さんがやってきた。
馴染みのお客さまだけでなく、新規のお客さまが増えた。

最初のころは、おそらく「他がやっていないから」というのが理由だろう
と、佐久間は考えていた。
しかしその後、着実に紹介客が増えていくのだ。

そのころ、警戒区域から外れた南相馬市の北部エリアには、
警戒区域内から避難してくる人がたくさんいた。
その人たちが、美容室を探していた。
お客さんは口々に言うのだ。
「何軒か歩いたんだけど、やっぱりダメで、
こっちで知り合った方に紹介されたのよ」と。

紹介で来店した人は、必ずドライカットを求めた。
つまり、ドライカットが新規客を呼ぶ武器となっていたのだ。
『ベレッツァ』の売上は、いつの間にか震災前の水準を超えていった。

「やっててよかった」
そう水島は言った。
「早く開けてよかった」
佐久間はそう言う。

佐久間は、早く営業を再開したことが、地域の人たちの信頼につながったと見ている。
たしかに、そういう側面もあるだろう。
一方で、水島は考えている。
「ドライカットの評判が、新たなお客さまを呼び込んだのだ」と。
ともあれ『ベレッツァ』には今日も、お客さんがやってくる。
朝一番から、目の前の駐車場には次々とクルマが滑り込んでくる。
カット料金8400円〜9450円。 それは震災後も変わらない。

ある日、水島は別のサロンに勤める後輩から電話をもらった。
よもやま話の中で、後輩は次のような言葉を口にした。
「美容師って、社会的地位が低いじゃないですかぁ」
その瞬間だった。
あ、私、その言葉しばらく忘れてたわ。
そんなこと、最近は思ったこともなかった。

 

佐久間敏夫と水島ゆかり。
この二人のドライカットは、違う。
だから、支持するお客さんも違う。
それでいいのだ。
そうやってひとつのサロンのなかで共存する。

ドライカットの技術をめぐり、
佐久間敏夫と水島ゆかりは今日も、サロン内で論争している。
大声で。

それが始まると、他のスタッフはけっしてバックルームには入ってこない。

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