Chapter.11 あの日が、やってきた。

基本が大事だということはよくわかっていた。
だからドライカットでも基本をないがしろにしたつもりはなかった。
ただ、基本をマスターして、こういうものだということがわかれば、
そこから自分流を出していく。
それが佐久間のやり方だった。
たとえ基本が実際にできなくても、感覚でわかれば大丈夫。
そう思ってこれまでもいろんな技術をものにしてきた。
しかも講師たちは、みなそれぞれのドライカットを追求している。
だったらオレも、オレでいいはず。
そう思って、基本から外れてみた。
すると、壊れるのだ。
スタイルが壊れる。
カットが壊れる。
思うような仕上がりにならない。
そこで佐久間は再び、基本に戻るしかなくなるのであった。

何度か、佐久間はそれを繰り返した。
そのうえでようやく、佐久間流ドライカットを確立していくのであった。
佐久間は、すぐにお客さんに導入した。
料金は水島と同じ、8400円〜9450円。
佐久間は堂々と、水島と同じステージに立った。
もちろん佐久間流のドライカットで。

『ベレッツァ』のカット料金は、もともと周囲の2倍くらいだった。
それがドライカット導入後、さらにその差を拡大。
だが、それでもお客さんは来るのだった。

そしてあの日がやってくる。
2011年3月11日。金曜日。

その日も、『ベレッツァ』はお客さまで一杯だった。
午後2時46分。
大きな揺れが襲った。
経験したことのない揺れだった。
佐久間は水島らスタッフとともに、お客さまを目の前の駐車場に誘導。
シャンプーの途中だったお客さまも、そのまま外へ連れ出した。
だれも立ってはいられなかった。
スタッフの顔は恐怖で引きつり、言葉にならない声が飛び交う。
と、そのときである。
ガシャーン。巨大な音がみんなを襲った。
きゃーっ。
ついに叫び声があがる。
見ると、となりのガソリンスタンドのサイン看板が落ちていた。

揺れが落ち着いてしばらくすると、町の広報アナウンスが始まった。
だが、音が大きく、わんわんと反響して言葉は聞き取れない。
断片的に届く言葉。そのなかに「つなみ」という声が聞こえた。
「おお・つなみ・けい・ほうが……」
最初はそれが何を意味するのか、わからなかった。
頭の中で漢字になったのは、何分も過ぎてからだ。
大津波警報、である。
「津波、来んだってよ」
そこから、みんなの動きが機敏になった。

お客さまを再び店内に誘導。
だが店内はモノが落ちたり、倒れたりしていたため、
その日はお帰りいただくことにした。
シャンプーのお客さまは、お流ししてお帰しした。
幸いに水も、電気も、ガスも使えた。
お客さまをお帰しすると、スタッフは簡単に店内の片づけをした。
全員でお店を後にしたのは午後6時ごろ。
そのころ、沿岸部ではたいへんな事態になっていた。

 

back top next