chapter.1 頭の中を飛び交う「?」



「納得が、できなかったんです」

水島ゆかりは、そう言った。

今から20数年前。1980年代末期。
日本がバブル景気に浮かれていたころ。
女性の髪の流行は“ソバージュ”というパーマヘアだった。
ワンレングスにソバージュ。

福島県南相馬市の美容室『ベレッツァ』にも、 たくさんの若い女性がやってきた。
オーダーは「ソバージュ」。 水島はそれに応えた。
来る日も来る日も、髪をセミロングのワンレングスで切り、
10ミリの小さなロッドで毛先からパーマをかけた。
当時、毛量調節などという概念はなく、
だからこそできあがったスタイルはボリューム満点。
それを当時の美容師は、ハードムースで固めて抑えるのであった。

「これ、絶対に家ではお客さん、できないよね」
そう思いながら、水島は固めた。
「こんなことやってて、いいんだろうか」
それでも、お客さまはやってきた。
「なんで私は毎回、同じことをやってるんだろう」
「なんでこんなふうに切ってるんだろう」
「なんでこの角度で切ってるんだろう」
頭のなかには無数の「?」が飛び交っていた。

 

頭で納得しないと動けない人だった。 美容師になりたてのころから、そうだった。
だからカットの練習でも、たびたび立ち止まる。 切るべきスタイルはわかっていた。
展開図もある。 その通りに切れば、かたちはできる。
だけどそれではおもしろくないのだ。
なぜ、そうなるのか。なぜ、そう切るのか。納得していない。
だから遅れた。
スタイリストデビューは、後輩の男子に先を越された。
くやしかった。

負けるのは嫌いだった。
だけど、納得できないままカットをするのはもっと嫌いだった。

 

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